FC2ブログ

BOOBEES

新宿アルタ前路上ライブでお馴染み! パンクバンドBOOBEESのHPでございます。

--年--月--日[--]

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2005年11月01日[火]

BOOBEESの軌跡

1995年春、Vo.アキラパンチとG.ナオキング(元ブービーズギター)と
B.あさいまんの3人でブービーズを結成。
生まれ故郷の福井で活動をスタートする。
同じく1995年の夏にD.中川氏が加入し、初代BOOBEESのメンバーが固まる。

地元福井での活動を経て上京を決意。1998年春、メンバー4人で東京へ。
東京は墨田区で共同生活をしながら活動する。
同じく1998年11月。アマチュアバンドの全国大会に東京代表として出場。
NHKホールの舞台に立つ。 が、これをきっかけに中川氏が自分の腕の限界を感じ脱退。
1999年からドラム抜きの3人での活動が始まる。

試行錯誤した結果、活動を止めたくない一心でドラムは打ち込みにして、ライブの本数を増やす。
最初は慣れない打ち込みのドラムにとまどいながらも、この作戦が巧をなす。

時は同じく1999年。
のちにドラムで加入するたーぼー(元ブービーズドラム)のバンド「ノーズピッカー」と対バン。
ブービーズを気に入ったたーぼーはサポートメンバーとして参加する。
同時期にブービーズでは定番となったゲリラライブを新宿アルタ前、原宿神宮橋でやり始める。

2000年に入り2月11日。
東京で初となるブービーズ自主企画のイベント「第一回ブービーズ音楽祭」を開催。
のちにベースで加入することになるキャプテン(元ブービーズベース)のバンド「ハッシュマイヘッド」も参加。
157人を動員し、初企画としてはまずまずの成功を収める。

しかし、同じく2000年6月。ブービーズに亀裂が入る。 あさいまんが脱退。
が、同時期にキャプテンのバンド「ハッシュマイヘッド」が解散。
アキラパンチがキャプテンに声をかけ、キャプテンがブービーズに正式加入する。
それを追いかけるように、2000年9月。
たーぼーのバンド「ノーズピッカー」が解散。
流れるかのようにたーぼーがブービーズに正式加入する。

同時期2000年の9月15日。
メンバーが固定されてからいきなり自主企画イベント「第二回ブービーズ音楽祭」を開催。
209人を動員し、勢いを増したことを確信する。

ライブの本数がどんどん増えていき、東京を飛びだして活動の舞台を全国に広げていく。
自主企画イベント「ブービーズ音楽祭」を定期的に開きながらゲリラと全国ツアーを中心に活動する。

2001年12月24日。
アントレコードから1stアルバム「ARE WE HAPPY?」をリリース。
タワーレコード各店で、上位チャートイン。
これにより、さらに活動を増やしていき年間ライブ本数は100本を越えるようになる。

2003年8月6日。
レーベルをカムレコードに移籍し、ミニアルバム「新宿路上パンクスター」をリリース。
タワーレコード各店で、上位チャートイン。
2ヶ月間にまたぐ「新宿路上パンクスター、レコ発ツアー」決行。
1週間連続で新宿アルタ前ゲリラライブも決行。

しかし、忙しさのせいなのかバンド内に亀裂が入ってゆく。

2004年に入り、キャプテンが脱退を決意。
2004年5月4日。「第十三回ブービーズ音楽祭」を最後にBOOBEES活動休止。

活動休止後でも「ブービーズ音楽祭」を開催し、「第十六回ブービーズ音楽祭」までたどり着く。

2005年8月。アキラパンチ、福井に戻る。
あさいまんと共にBOOBEESの原点、福井で活動を再開する。
スポンサーサイト
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。